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【4、ジョーカーが強い本当の理由】朝井リョウさん『スペードの3』読書感想文

 最も力を持ち、誰もが羨むカード「ジョーカー」
 ジョーカーは愛季。数字も記号も当てられない、枠の一歩外にはみ出た存在。基本強いために自由度が高いのもその特徴の一つ。
 だから求められる。誰も教えてくれない正解を。

 

 美知代が気づいていないことを晒そうと思う。
「もうやめて! とっくに美知代のライフはゼロよ!」なんて声は聞こえない。ここにきてまだ刺し足りないというのだから、双角齋もびっくり。きっと雷覇は笑いながら見てる。一番ヤバいのはヤツに違いない。
 美知代は私。だからきちんと裁きを受ける。

 

 修学旅行の夜に行われた大富豪の目的について。
 手札にスペードの3を見つけた美知代はしめたと思った。皆が皆腹這いになって自分の手札を見ている中、一人座っていた美知代から周りのカードがよく見えた。「みんなバカだなー。手札丸見えなのに」と思ったに違いない。〈みんな、この教室の中で起きていることはすべて、美知代に聞いてきた。美知代はそのすべてに答えることができた〉状態である。
 一方このことは、逆に美知代だけが異質ということの裏返しでもある。相手は角度から自分の手札が見られることなんて分かってる。分かっていて容赦している。そもそもこの集まりの、ゲームの目的は勝つことではない。目的は「親睦を深めること」。だから自分の手札を晒す。自分の手札が弱いと口にする。あなたに害は及ぼしません。私は無害な存在ですと主張し合う。美知代にとってこの時が目配せに気づく最後のチャンスだった。
 けれどその時のことを美知代自身は〈周りのみんなは、自分の手持ちカードのことを悪く言うことに必死で、美知代の独り言など誰も聞いていなかったらしい〉としている。この一文に全てが集約されている。その様はテスト当日「昨日までコツコツ勉強してきた」と胸を張るかのよう。本当のことを言って何が悪いという言い分は、決して間違ってない。間違ってはいないのだけれど。
 だから最終、美知代だけが部屋に取り残された。
 むつみは取り残されたんじゃない。むつみは自分の意思で残った。大事なことを伝えるために。

 

〈そのカードだけは、ずっと、誰にも見られないようにしてたもんね〉

 

 むつみには美知代の考えていることが手に取るように分かった。深淵。一人だけ出し抜こうとする様をいつだって後ろから見ていた。ずっと見ていたから、言わずにはいられなかった。

 

〈革命なんて起きないよ〉

 

 どれだけ待っても、奇跡は起きない。
 愛季はジョーカー。仮に単体で場に現れれば、あるいは美知代でも勝つことが出来たかもしれない。けれど。

 

〈部屋の外、廊下のずっと奥の方から、おめでとー! という明るい声がかすかに聞こえてきた〉

 

 キングを手に入れたジョーカーの効果は「ダブル」スペードだろうと3ごときが、何をやってももう勝てない。
 基本強いために自由度が高いのも特徴の一つであるジョーカーは、個の強さに甘んじることなく、自ら手を繋ぐことを選んだ。それは何もキングに限ったことではなく、
 そもそも手札としてのキングは必ずしも強いとは言い切れない。クラスの中では強く見えても、それはあくまで一つの枠内の話であって、例えば〈壮太は最近、中学生の兄に眉を細く整えられたらしい〉という一文。ここには〈整え「られた」〉という、必ずしも己の意思に依ったものではない要素が紛れ込んでいる。壮太にとっての社会はクラスだけで完結している訳ではない。
 加えて、手を繋ぐのは何も恋人だけではない。腹這いになって笑い合った時、そこに生まれたものこそ「手をつなぐ」と同質の「親愛」

 

 私は無害な存在であって、あなたの仲間です。

 

 そのために人は笑い合う。味方であることを確認し合う。
 だから誰とも目の合わなかった美知代は、真っ直ぐきちんと最弱なのだ。

 

 愛季のジョーカーとしての強さは、決して個としての力ではない。ジョーカーの「染まれる」特性を活かして、その場に順応できたこと。
 相手の強さによらず、すなわち利害関係関係なく、迷うことなく集団の利を優先することのできる、だから愛季は強いのだ。