独り言多めの読書感想文

⭐️オススメの本について好きにおしゃべり。たまに作もするよ⭐️

【短編小説(後編)】禁忌。夏陰に還る

 

 

 じゃあ試しに殺してみれば? というのは、いささか安直に思えた。

 部活のない放課後、帰り支度を済ませたところで、望美は希子に手を引かれた。そのまま2階と3階の間にある踊り場に連れて行かれる。

 

 折り返しの階段。その突き当たりにある窓には鍬のような柵がはられていて、足を投げ出して話をするには丁度いい。内緒話をする時、希子はいつもそこに向かった。

 もっぱら直近の話題は「一木くんとヌメロンやってたら、八雲に『だから噂立てられるんだ』って言われた。マジおかんウゼエ」で、基本ここでの話題が東條絡みなことに、本人気づいてるんだかいないんだか。

「今度は何?」

 手すりに肘をつくと、珍しく希子が思い詰めた様子で「うん」と唸った。

 校舎に日の光を遮られたアスファルトの広場と、西日をそのまま照り返すグラウンドのコントラスト。影に映える制服の白。校舎の向こう側から現れた女生徒二人は、バッグから細長い何かを取り出すと、アスファルトに並んで座った。

 目を合わせて、そろって口に当てがう。辺り一帯に、少しこもったフルートの柔らかな音が響き始める。部活がない日だというのに、熱心なことだ。

 隣からみじろぎの気配がした。希子の声は、波のように強弱を繰り返す音色の合間に届いた。

「のんちゃん、私昨日、一回死んだんだよね」

「いや、ここにいるお前誰やねーん」

 突然何を言い出すと、その肩を叩くも表情は変わらない。冗談にしてはタチが悪い。宙ぶらりんの足がゆらゆら揺れ始める。

「前にキリドオシ様の話をしたの覚えてる?」

「ああ、例の『ホコラ』ね」

 希子はここから30分離れた村から通学している。その村に伝わる妙な噂話は以前聞いたことがあった。

「あれでしょ? 何でも願いを叶えてくれるっていう」

 フルートの音色が変化する。そろって同じパートを吹いていた一人が、主旋律を引き立てるために別のメロディーを奏で始める。分かれた音は、まるで横顔を見せるかのごとく、曲に立体感を与える。

 自分で口にした言葉が宙に浮くのを感じた。

 さっき希子は、昨日死んだと言った。

「え、何。じゃああんた何者なの? 希子ではあるの?」

「うん。一筆書きの眉だった時ののんちゃんの写真の保管場所を覚えてるし、メイク動画と一緒にSNSアップしようとしてそのままだった、角栓つぶしの動画のことも覚えてる」

「いや、まごうことなき希子だわ」

で、と話を戻す。仮に希子が本当のことを言っているとして。

「アレってなんか反動? みたいなのなかったっけ? てか、そもそもあんたが死んだなら、別の誰かが願わないと……」

 合点する。それが

「八雲」

 声が重なった。希子は手すりにつっぷすと「そゆこと」と言った。

 マジかよ。

 本当に神様なんているのかよと思う。

 希子の家には母親がいない。小学校に入る前に出て行って、以来父子家庭だ。母子ならまだしも、父となると何かと不便も多いだろうと、近所の人が我が子のように育ててくれたと聞いている。そこで兄弟同然に育ったのが東條で、小さい頃から母親の接し方を見ていたためか、東條は息をするように希子の世話を焼く。「マジうぜえ」は出るべくして出た言葉だった。けれど。

「何を負った」

 希子にとっての東條は、だからいて当たり前の、希子が希子として健やかに生きていくための土台に違いなかった。

 人一人の命を操作する。そんな神様しかやっちゃいけないことに手を出した時受ける反動なんて、一体どれほどのものなのだろう。

 希子は首を振る。

 想像できるのは、例えば、

「死ねなくなる、とか……?」

 願ったのは東條。だから反動は東條に還る。

 そうして東條が生命の循環から外されるとか、希子の言いそうなこと。

 希子自身もそう思っているようで、でもどうしたらいいか分からないのだという。

 本当に神様なんているのかよと思う。

 いるならなんで希子にだけこんな。

「でもホラ、私、祠の掃除とかしてるし」

 定期的に清掃しているという。望美が見たのは一度だけだが、うまい具合に影になっているために、犬におしっこをひっかけられたり、奥にゴミを捨てられたりすることがあるらしい。最初は「なんかかわいそう」だったようだが、続けている内に日課になったのだと。

 ただ、だからと言ってそれが何かの徳やボーナスになるとは思えない。何より本人が願った訳ではないのだ。

「どうしよう」

 漏れた声はあまりにか細い。

「私、奪ってばっかだ」

 本当は東條や東條の弟に向けられるはずだった愛情を。何もなければ通常に巡るはずだった未来を。

 本当に神様なんているのかよと思う。

 最初に奪ったのは神様の方だろうが、と。

 希子のバッグについているお守りを見る。何をどう守護しているのか分からないが、いつだったか「望美にもあげる」と色違いのものをくれた。「何かいいことありますように」なんて漠然とした願い。あってもなくても変わらないようなもの、を、今も希子と同じようにバッグにつけている。

 フルートの音色が単体になる。一人が楽器の手入れで中断したために、主旋律だけが取り残される。別にそれはそれで成り立っているはずなのに、二人で演奏するところから聞き始めたためか、どうにも頼りなく、寂しそうにさえ思える。

「いや、東條が勝手にやったことじゃん。別にあんたが重荷に思う必要」

「でも、結果的に生き返っちゃった」

 死ねてよかったと思ったのに、と続ける。

 ぐっと言葉に詰まる。いつもそうだ。こういう時、見えない線を引かれてどうすることもできない。

 希子と私は、高校を卒業すると同時に働くつもりだった。すでに隣町の住み込みで働けるところに内定をもらっている。県外の大学に進学するつもりの東條とは、これを機に離れると思っていた。希子は希子でやっと自立できると思ってたのに。

 妙に冷めた頭で思う。

 そうか、そういうやり方があったのか。

 助けたつもりで呪いをかけてる。本人無自覚なのがタチが悪い。

 たとえ理とやらを外れようと、東條自身、自分でしでかしたこと。

 想像できるのが、例えば「死ねなくなる、とか」なら。

 いささか安直にも思えるが、試しに殺してみればいんじゃね? とも思う。

 けれど希子は切り離せない。ずっと東條が心に居座り続けるだろう。思わず舌打ちが漏れる。

 マジで邪魔なんだけど、アイツ。

【短編小説(前編)】禁忌。夏陰に還る

作品紹介
夏の終わり、田舎町にひっそりと佇む「何でも願いを叶える祠」。 そこは相応の代償なしには奇跡を許さぬ、禁忌の場所だった。 高校三年の東條八雲は、ある「絶対に移ろいではならないもの」を守るため、その祠の力に頼ってしまう。 しかし、彼が引き寄せた奇跡の代償として告げられたのは、あまりにも理不尽で残酷な「条件」だった――。 一方、放課後の校舎。友人の双葉望美は、幼馴染である八雲と希子の間に漂う異様な違和感に気づく。 いつもの軽口の裏に隠された、触れられぬ秘密と、歪んでいく現実。 神様なんていないと毒づく望美の中で、静かに冷ややかな思いが芽生え始め……。 「救いたかったのは君か、それとも君のいる日常を失いたくない自分か。」 日常の影に潜む「生と死の境界」で、すれ違う三人。 一歩を踏み出せば二度と戻れない、不純な願いが紡ぐダークサスペンス。
 
 
 

【登場人物】

 高校三年生

・東條八雲(とうじょうやくも)

・一ノ瀬希子(いちのせきこ)

・双葉望美(ふたばのぞみ)

 

 

 

 とある田舎に「何でも願いを叶えてくれる祠」があった。基本禁忌とされているが、分かっていてその力に頼った者達がいた。

 ある者は巨万の富を得、ある者は豊作から飢餓を免れた。一方で、前者は謎の病で一族全員を失い、後者は個人の畑以外の畑が害虫によって全滅したために、集落からはじき者にされた。何でも願いを叶えてくれるというのは、そういった相応の代償ありきだった。

「当たり前よ、世の理にそむくんだもの」

 理。諸行無常。因果応報。

 個人ではなく、社会の生きとし生けるものすべてが組み込まれている循環。

 あるべくしてあるもの、なるべくしてなるもの。

「自由にできるのはその生き方、死に方だけ。逆を言えば、それだけは誰しもが持つ特権なの」

 生きて欲しいも、死んで欲しいも、あくまで他者の勝手な思惑。

 ツクツクボウシがやかましい。よく晴れた夏の終わり。玄関のコントラスト。たった一歩だろうと、そのくらい生と死にははっきりと差がある。

「分かる? だから禁忌なの」

 希子にゴスッとふくらはぎを蹴られる。例の祠を前に、八雲少年はかろうじて「いや、でも」と口にするが、すぐさま少女の声に呑み込まれた。

「でももクソもあったもんじゃねえよ。おかしいだろうが。万人が羨むような、うまいことラクに死ねたと思ったら、何で次の瞬間にはこんなピンピンしてんだよああ?」

「痛い、痛いんですけど」

 グーパンで肩を殴られ続ける八雲は、身をよじって距離を取った。ちょっと涙目になっているのは、希子が生き返ったと安堵した時の名残りだが、だからこそ頭の上には「思ってたんと違う」とハテナがたくさん浮かんでいる。こういう時、まさか殴られるなどとは想定しない。

「あ? うれしい訳ねえだろうが。どうしたらそう思えるんだこのハッピー野郎」

 ひときわ力のこもったグーパンが肩をえぐる。そのこと自体、少女にとって少年を含むこの世にはまるで執着がないと言っているのと同じでもある。

 ただ一方で、確かに生きている理由なんて十人十色。どのくらいのモチベーションで日々を営んでいるかは本人にしか分からない訳で。

「だから自己満足なんだよ。あんたが助けたのは『日常を失うことに耐えられない自分』。そんなご自愛に私を巻き込むんじゃない」

「ぐう」

「いや、ぐうの音も出ちゃいけないんだよ。何ギリ出てんだよ」

 そう言うと、希子はチッと舌打ちした。

 ツクツクボウシが鳴いている。小さな村を囲む山々に注がれる日はすでに橙々。少しずつ伸びていく影。

 祠は10分かからず登れるようななだらかな丘の中腹にあった。一方でうねった道。U字カーブのくぼみに位置するため、ちょうど影になる。下り切ってしまうと、開けた地形から目一杯に光を浴びるため、そのコントラストが丁度生と死の境のようでもあった。

 8月末でも白いままの肌。考えてみれば希子は好んで影にいた。

「何を負った」

「え?」

「代償。何を負ったかって聞いてんの」

 金を出せと言わんばかりの仕草は、同じくらいの強度で仔細を求めている。

 希子とは互いの家が近い分、幼い頃から一緒に育てられた間柄だ。互いの裸も知っていれば、叩いたりこづいたりを始めとした触れ合いにも抵抗がない。まだ小学生の頃なんかは、希子が「怖い夢を見た」などとしがみついて寝ることもあった。

 ただ、希子にクラスメイトと男女の噂が立った時、ひどく不快だったのを覚えている。本人こそただの友達と繰り返すが、相手にとっても同じとは限らない。あきれ顔の希子は、終いには「じゃあ仮に両思いだったとして、あんたにとやかく言われる筋合いはない」と一蹴されてしまった。希子が事故に遭ったのはその帰りのことだった。

 前を歩いていた希子が横断歩道に差し掛かった時、動くものすべてがスローモーションになった。

 どこまでも見通しのいい通り。ドン、という音が、離れたところから聞こえてくる花火のように遅れて響く。

 止まったままのトラックのウインカーの破片が散らばって、夕日を受けてキラキラしていた。

 肩にドン、と衝撃を受けて戻ってくる。鋭い目をした希子にどつかれたのだ。

 代償。それは30分前、確かに失ったはずの希子が、まるでその前と何ら変わらない様子で今を生きていることに対する矛盾の精算条件。

 無我夢中だった。その時はそうすること以外思いつかなかった。

 いざ窮地を抜けると、靄が晴れるように事の輪郭がはっきりしてくる。

「それ」は祠に願った直後、直接頭に響いた声。

〈代償。少年が少女に「自らの意思で」触れた瞬間、記憶含め、少女の存在そのものを完全に抹消する〉

「八雲!」

 肩をつかんで揺さぶられる。制服のシャツ越しに伝わる希子の体温。

〈その娘、この世ならざるものにつき。そのことを知る者が触れれば、途端理に呑まれる。すべてはあるがまま、正しい巡りに還る〉

 地響きのような祠の声は、あまりに正しかった。

 存在そのものを疑うなんて思考、本来あるはずのないもの。

 希子であって希子でない。そんな個人の思いは、現実を少しだけ歪める。

「八雲ってば!」

 肩を掴んで揺さぶられた分だけ、ガクガクと視界が揺れる。

 つかまれているのは肩。揺さぶられているのも肩。

 でも痛いのはむしろ、心臓。

 ドク、ドク、ドク、ドク。

 交錯するは、どこまでも純粋な願いと、どこまでも不純な願い。

 あまりに正しかった祠の声。

 無我夢中だった。けれど靄が晴れるようにして見えて来たのは、不都合な真実。

 希子は確かに必要だった。幼い頃から最も近くにいた、身内ではなく第三者としての生き証人。例えば「転んで膝小僧を擦りむいた時おぶって帰った」こと。「チャリの二人乗りで学校までの坂を登り切った」こと。「父親と喧嘩して家を飛び出した時、真っ先に見つけた」こと。希子は出来事一つ一つを膨らめて話す。何でもない自分をヒーローにする。そんな生き物を失うことは、己を失うことに等しい。

 八雲はそうありたい八雲であるために、希子を呼び戻した。

 いつの間にか希子の両目一杯がゆらゆらしている。沈黙の長さは、少女をもって代償の重さに変換される。八雲自身、失いたくないと思ったのだって本当のこと。ただ、純度100%の希子との温度差が、八雲の喉を塞いだ。

 自分が希子に触れなければいい。

 たったそれだけ。それだけのことが出てこない。

 不安が高じる。まるで自分の犯した罪の重さに耐えかねるように、希子がその場にしゃがみ込んだ。

 その身体を覆うのは、不安、恐れ、心細さ、そんな音にもならないナニカ。

 まっすぐ保っていた人型、その輪郭が揺ぐ。

 膝から崩れ落ちるとか泣いてるとか、「それ」はそんな外から見えるものじゃない。

「やくも」

 なみなみとした心が器からこぼれ落ちる。

 それは、自分しか知らない素顔。

「だっこお」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【趣味雑記】呪術廻戦、夏油の笑顔が離れない

 

 

 

ずっと推しは乙骨で通してきたのだが、今になって揺らいでいる。

いやボンタンにお団子にあの前髪はなかなかイカツイてwと思ったところで、「でも」がつけばそっちが本心。

時に呪術廻戦自体、キャラクターが魅力的で、アニメなど「回ごとに推しが変わる」という声が上がるくらいなのだから、私などまだマシな方。

加えて、揺らいでいると言っても大差ない。彼らは私にとって同カテゴリーで、ほとんどスライドと言ってもいいほどだ。

元の推しは乙骨。と言っても大人乙骨。対して、揺らいでいるのは高専時代の夏油。

オイオイ、何でわざわざ未成年行った? なんて声は聞こえない。

五条と夏油の関係は、何度見ても尊い。青が澄みきってる。

 

 

恋が儚いように、友情も、いやあるいは恋以上に儚いのだろう。

すべては変化する。時間が経って、考え方が変わって、出会う相手が変わって。その先で幾重にも新しい自分を見つけていく。だから変わらぬように見える関係は、互いが同じような速度で成長しているからそう思えるだけで、そのこと自体、奇跡に近い。

 

五条と夏油の、高専時代の「俺達」「私達」を主語に話のできる関係が羨ましい。ニコイチ。本当の意味で深くつながれた時に生じる、刹那的なきらめき。流れ星のようなそれは、束の間孤独を完全に切り離し、万能感で満たす。

 

万能感。「俺達最強だし」「私達は最強なんだ」は、有能な個人×2以上に、「そんな精神的な充足感を起点とする発言」に思える。一時的に気が大きくなるような、どこか近しいのは「赤信号、みんなで渡れば怖くない」な集団心理。

完全無欠。自分「達」に怖いものなんてなかった。だからこそ個人に引き戻される時、凄まじい痛みを経験することになる。

 

 

背中を預けられる相手を失うこと。

背中を守ってくれる相手を失うこと。

そうして自分はなんて無防備なんだと気づく。

 

 

当たり前に見ていた景色。土台を失うことで、見る高さが変わる。己という存在が揺らぐ。そのこと自体、双方に生ずるもの。

けれど別れの時、決まって片方は自分の進む方向を向いていて、もう片方は相手の背中を見ている。その関係が濃ければ濃いほど、進む側は毅然とした態度で決別する。

 

 

夏油は五条が好きだった。だから決めたらもう振り返らなかった。

五条も夏油が好きだった。だから攻撃できなかった。どうしても殺せなかった。

五条は夏油相手だから好き勝手できた。夏油は五条だからそれを許せた。時に、一緒にバカをやれた。

夏油が五条に世間知らずを諭す様は、どこか親子のようであり、五条は夏油の言うことだから、反発しつつも聞き入れていた。

しょうがないとため息をつく。そうして許してくれる夏油がいたから、五条はずっと自由でいられた。特殊な環境下で育った、特殊能力を持った男が、ありのままの姿でいられた。

 

ありのままの自分でいられる相手。五条にとっての夏油は、もしかしたら母親のような存在だったのかもしれない。そうして必死で追い求める様は、母親に追いすがる子供のようで。

 

万能感。背中を守ってくれた人。ありのままの自分を受け入れてくれた人。共に過ごした時間があまりに尊かったからこそ、喪失感に膝をつく。

 

 

 

 

あの時のあの人を返せ。

 

 

 

 

それはだから時間とともに美化され、あの時のあの人は、別れずとも、もうどこにもいないことが分からなくなる。何でも許してくれた、共に笑い合った心からの親友。

その、自分にとって都合のいいところだけを寄せ集めて作り上げた幻想。

五条のように明確に道が分かれることばかりではない。夏油にとってすべてが本心でなかったとしても、五条が感じた幸せは変わらない。それまでの感性に泥はつかない。

 

 

まだ危うくて、でも面倒見のいい夏油の愛しむような笑顔が、ずっと胸にこびりついて離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい人なんだけど』と言われた結婚を、私は祝えなかった

 

 

【香澄】

 

 

「丁度レセプションパーティーと重なっちゃって。今時同伴なんて、時代遅れ晒してるようなもんじゃない?」

 

 チラリと時計に目をやると、言いながら卵を半分に割ったようなグラスに口をつける。底が斜めにカットされているため、置くと綾乃の言うことをまっすぐ聞いているように見える。

 薄く開いた窓からそよ風が流れてきた。漆喰の壁にオークの窓枠。間隔を広めに取ったテーブルの中心に置かれた古い自転車。そこから広がる視界には、至る所に同じような色味のアンティーク雑貨が散りばめられている。2メートルの高さに並ぶホーロー鍋は、向かって左から大きい順。10個もあれば完全に実用でないと分かる。

 裸の電球が申し訳程度に橙の光をたたえているが、太陽光を遮るもののない室内は、チラチラと舞う埃が見えるくらい明るい。

 

「接待?」

「そ。旦那の取引先の人がド偉い愛妻家で、私にも挨拶したいとか何とか。簡単に来てとか言われても、こちとら髪とか化粧とか服とかもう踏んだり蹴ったり」

 

 大袈裟に吐いたため息がグラスの口紅跡にかかる。その水面がわずかに反射するのを見ながら、向かいに座る咲良は「踏んだり蹴ったり」と合わせて笑った。

 オードブルが運ばれて来る。若い女性の店員が一通り説明してくれるが、聞かせるというよりは、言わされている感が強い。行儀が悪いとは思いつつ、それならと急かすようについフォークを揺らしてしまう。

 綾乃は先週日曜日に開催された香澄の結婚式の様子が知りたくて、学生時代のゼミ仲間である咲良をランチに誘った。たびたび使用するイタリアンは、味以上に北欧テイストの雰囲気を買っている。

似たような明度とはいえ、一様に全ての光を跳ね返す大理石とは違い、弾くものと吸収するものの取捨選択をしてくれる漆喰の壁は、まるで家のような安心感があると綾乃は思っていた。

 

「で、どうだった?」

 

 やっとオードブルの説明が終わってスタッフが離れると、綾乃はここぞとばかりに身を乗り出して、小声で聞いた。

 

 

 いつだったか「いい人なんだけどね」と香澄が言っていた。32の時だから、3人にとって4年前に当たる。

 綾乃はその時の香澄の「眉を下げた、けれども微笑んでいる口元」を、どういう表情として捉えたらいいのか分からなかった。綾乃の息子が5歳で、咲良の次男が3歳の年だった。

 そして最後に会ったのが丁度一年前。香澄と付き合って5年になる男は、未だ定職につかず、最低限の食い扶持だけ稼いで、ひたすら趣味の絵を描き続けているという。

 

「私も自分の好きなことを捨ててまで生活のために生きてなんて言えないし」

 

 生活のために生きて、という言い方が斬新だと思った。大人になって、生活費を稼いで、人の手をとって、誰かを育てる。そんな当たり前を生きられない、子供のまま大きくなる人もいるのだということを、綾乃はその男を通して初めて知った。

 香澄はやさしい。だからこそ、そのやさしさが搾取されている気がしてならなかった。自分の好きなことをしている男は、そのために香澄にもあるはずの「自分の好きなこと」を削っている。

 

「将来への不安? なくはないけど、今しかできないこととかあるし」

 

 年取って描けなくなる絵って何だと綾乃は思った。それよりも遥かに稼ぐ手立ての方が削がれていく気がしてならない。

 

「なんか、蟻とキリギリスみたい」

 

 言った時、初めて香澄と目が合った。その目の表面が光に揺れる。

水面に張った膜。香澄は今、不安真っ只中なのだ。

 

「どうして、どう見ても小さくて非力なアリがせっせと働かなきゃいけないの? 食べる量だって相手の方が多いでしょ?」

「でも全く働いてない訳じゃなくて」

「当然。でも結果的に自分一人がやっていけるかどうかって話でしょ? どうするの将来子供とか」

「大丈夫」

 もうお腹一杯というような、はっきりとした声だった。その下唇が弾き結ばれる。

「大丈夫だから」

 自分に言い聞かせているようだった。傍から見てそれは自己防衛に思えた。

曲がりなりにも自分の大切にしている人。しかも5年ともなれば離れ難いのはあるだろう。けれどだからこそ、今ここで引き離さなければという思いがあった。将来のために。香澄のために。

 

 丸皿に広がったオードブルをつつきながら、咲良は「どうっていうか普通に良かったよ」と答えた。生ハムのサラダはさることながら、ここのキッシュは一際美味しい。自然会話は弾むはずだった。

 

「どのくらい人来たの?」

「うーん、親族合わせて20人弱かな」

 

 それなら友人の数はかなり限られる。多くて5人ってところかと綾乃は思った。

 

「式場は?」

「式場っていうかレストラン貸切で、カジュアルな食事会って感じかな」

 

 答える咲良と目が合わない。絶対に出てくると思っていたキッシュの褒め言葉もない。業務のように端から順に片付けられていく。

 少しするとパスタが運ばれてきた。つばの広い帽子のような皿は、頭の部分が小さく、けれど深さがあるため、見た目以上に量がある。

咲良は店員を呼び止めると紅茶を依頼した。何も言わなければ食後に運ばれてくるはずのものだった。

 

「相手は? あの人なんでしょ?」

 

 名前は知っていた。けれど何となく呼ぶ気にはなれなかった。

咲良は「そうだと思う」と答えた。香澄は何も、その人と以外付き合ったことがない訳ではない。けれど他に取り上げるほどの人がいないために、基本がその人だった。

思わずため息が漏れた。

 

「ああやっぱり。大丈夫かなあ。絶対大変だと思うんだけど」

 

 少し遅れて下げられた綾乃のオードブルの皿。代わりに来たクリームパスタからわずかにたちのぼる湯気。それを冷ますように咲良が言った。

 

「……それ、あの子にも言ってたの?」

 

 えっ、と目を上げる。その手元で美しく巻かれたパスタ。今の今まで合わなかった目。言葉以上に、その眼光に綾乃は怯んだ。

 

「はじめくんの話、聞いてないの?」

「聞いてるよ。最後香澄に会った時、まだ定職についてなかったし、いい年なんだから大丈夫? って」

 

 咲良はかすかに眉根を寄せると、そのままパスタを口に運んだ。

隣の地区は今日小学校が早帰りの日で、3時には息子と娘が帰ってくると言っていた。

時計を確認する。まだ12時半だ。

 

「綾乃は? 最近どう?」

 

 急に話を振られて驚く。と同時に、どこか安堵する。

 何となく気まずくて食が進まなかった。水を向けられると、こちらとしても話しやすくなる。

 

「変わらず。でもこないだ彫刻刀用意してってお知らせ届いて、何だってあんな高いの。その時しか使わないのに5000円って。しかも使う本人はキャラクターのがいいって言うし」

 

 ピカチュウだろうとミッキーだろうと彫刻できればいいんだよ、と言うと、咲良はかすかに笑った。ように見えた。

 

「ご主人は? やっぱり忙しいの?」

「そ。完全ワンオペ。せめてゴミ出しだけでもやってくれると助かるんだけど。最初が肝心ってのが、今になって身に染みるよ」

 

 ホント、香澄んとこは大丈夫かなあ、と何気なく口にすると、再び咲良の手が止まった。いつの間にかパスタが残り3分の1くらいになっている。

 

「大丈夫でしょ。あそこは」

 

 言いながらもう一口含む。トマトソースをナプキンで拭う。綾乃は止めたままの手を動かせずにいる。

 

「……はじめくんのこと、本当に何も聞いてないみたいだね。それを私がベラベラ喋るのも違うと思うけど、はじめくんの名誉のために言っとくね」

 

 はじめくん、と口にする咲良は、自分よりずっと近しい関係を築いているように綾乃には思えた。綾乃の手元からカチャリとフォークの音がする。

 

「確かにはじめくんお金ないし、世間一般からしたらあんま価値のない人かもしんないけど、それってあくまで『世間一般の人からしたら』なんだよね」

 

 世間一般の人。それは友人、関係者ではなく、赤の他人の総称。

 

「はじめくん、前にあの子の誕生日にお花をあげようと思ったんだけど、お金なくて、代わりに絵を描いてあげたんだって。真っ白なお花の絵」

 

 絵を描くと言っていた。趣味で。

 

「油絵、趣味って言うの? あれで? 感動してたよ。白って白で描く訳じゃないんだって。青とかピンクとか黄色とか、濃淡で結果白。普通に買うよりずっと価値があるって」

 

 その枯れない花は、今は新居の玄関に飾ってあるという。

 

「元々変な人だとは思ってたみたい。夜景見て『空が赤い!』って言う人なんて会ったことないって。並んでても片時も同じものを見てないって」

 

 本当に変な人なの、と言って笑ったという。

 

「セックス」

「え?」

 

 ドキッとした拍子に、再びフォークが音を立てる。

 

「はじめくん、聞くんだって。前からがいいか後ろからがいいか正面から。ムードも何もあったもんじゃないって、始めは戸惑ったみたいなんだけど、そんなこと今までなかったって」

「それは……ないでしょ。それって二人の間で何となく合わせるもので……」

「私は」

 

 静かな声だった。けれどきちんと遮られる。

 

「それを聞いた時、なんて誠実なんだろうって思った。いる? 周りに自ら教えてって言える男の人」

 

 フォークが冷たい。パスタがクリームを吸って全然減らない。

 

「そんなこと今までなかったって。ゲラゲラ笑いながらセックスするの。布団にくるまったままベッドから落っこちたって聞いた時には、何でそんなことになるのってこっちまで笑っちゃった」

 

 咲良の右頬をやわらかな光が照らす。弾くものと吸収するものの取捨選択。漆喰の壁は咲良にこそ家のような安心感を与えている気がしてならない。

 

「落っこちるってびっくりするじゃない。で、びっくりする時ってドッキリでもかけない限り、何か別のものを一緒に見ていて、そんな顔こんな間近で見ることなんかないって。その時思ったんだって」

 

 香澄の下がった眉を思い出す。微笑んでいる口元。

 アンビバレンス。香澄はあの時確かに揺れていた。揺れていたけれど、たぶん、それでも好きが勝っていた。

 

「『この人は私が守ろう』って。どのタイミングで決意してんのって思ったけど、案外そういうものなのかもしれない。そのこと自体、もうずっと前から決まってて、出てくるきっかけを探してただけみたいな」

 

〈いい人なんだけどね〉

 

 下がった眉と微笑む口元。

 

「初めて会った時、はじめくん『いつも楽しくお話聞いてます。友達みんないい子でうれしい』って本当にうれしそうだった。傍から見ててもああ好かれる人だって分かった。どうあっても生きていけるタイプっていうか」

 

 咲良が最後の一口を含むと、ナプキンを押し当てる。

 その頬が、必ずしもパスタによるものではなくふっくらしている。

 

「だから大丈夫だと思ったし、現に大丈夫っぽくなってる。式に来てた多江が、知り合いのデザイナーに作品の写真見せたら、ツテたどって個展やれることになったって。あとは任せてって感じ」

 

〈大丈夫〉

 

 はっきりとした声が耳元に蘇る。その声に、続いた〈大丈夫だから〉が重なる。

 その声を、咲良がしっかり受け取ったように見えた。

 

「情報戦なんて5人いれば充分。国内に限らず、世界中から呼び集めてやる」

 

 私は何を間違えた?

 

 綾乃はさっきからずっと記憶を辿っている。咲良のふっくらした頬を見ながらずっと。

 ずっと目の合わない旦那と、何度言っても出されない弁当箱と、ランドセルの奥から出てきた授業参観のお知らせを思い出している。

 

「普通、いいことは進んで言わないの」

 

 大して食べていないクリームパスタが黄色く固まっている。

 

「『いい人なんだけど』ならどこがどういい人で、踏みとどまっている訳は何か。両方聞かないと、いいところは出て来られない」

 

 だから私のお腹の中に入ったものも、同じように黄色く固まっているに違いない。

 こうして見ると、どこか身体に悪いものを取り込んでいるような気にさえなる。

 雰囲気も、味も、それに合わせてそこそこいい値のイタリアンでも。

 

「本当は呼ばれなかったんでしょ? 結婚式」

 

〈丁度レセプションパーティーと重なっちゃって〉

 

「いや、」

「分かるよ」

 

 紅茶だけを啜る咲良の言葉は、透明度が高い。

 

「分かる。知ってる? 香澄、昔名前を「カスみたい」っていじられてから、自分の名前を好きになれなかったの。それを知ったはじめくんが、夜景見に行った時、『バカだなあそいつら。そんで気にしなくていいのに』って」

 

 空が赤い、と言ったその人。

 違うものを見ていても、違うものを見ているからこそ、寄り添おうとする。

 

「『香澄はとても澄んだ目をしている。君の名は「スミカ」。気にするならそう呼ぼう』って」

 

 澄んだ香りで澄香。漢字をひっくり返しただけで、中身は何も変わらない。

 紅茶を啜るたび、水面を反射した咲良の頬が赤く染まる。それは離れても残るようで、

 

「……だからそれを知ってる子は、みんなあの子のことを澄香って呼ぶ」

 

 みんな。友達、関係者。それは世間一般の対に当たるカテゴライズ。

 香澄を、はじめくんを祝福し、守ろうとするコミュニティ。

 結婚式は、そういう人たちが集う場所。

 

 口元の汚れた、傾いたグラスだけが綾乃を見ている。紅茶はまだ運ばれてくる様子もない。

 

 私だって香澄のために。香澄の幸せのために。

 そのために、香澄を思って、否定してきた。

 

 黄色いパスタが、うまく飲み込めない。

 

 私はどこで何を間違えた?

 

「ご馳走様。これ、お金。悪いけど先行くね。あとこれ、1週間くらいやってるから、もし予定合うようなら見に来て。結構広いから1時間くらいは楽しめると思う」

 

 そう言い残すと、咲良は颯爽と去っていった。

途端、店内のざわめきが人の声に変わる。楽しそうな笑い声。

変わらず明るい店内。綾乃はただ一人、動けずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独り言多めの読書感想文【下】『野の医者は笑う』

 

 

 さて、「少しだけ」著者の魅力に触れておくとしながら長くなってしまったが、己の半生丸々否定されたハカセは、じゃあ絶望して、絶望した原因である世紀の発見を本にすることで生計を立てることにした訳ではない。
 この人はちゃんと復職している。ものすごくタフで、己の反省丸々否定された事実を、まさかの就職活動の採用面接で堂々口にする。
 察するに、元いた世界、それまで自分にとって当たり前にいた場所で、世紀の大発見を聞いて欲しかったんじゃないかと思う。だってそんな比較の話できる相手は沖縄にはいなかったし、したとて真剣に聞いてくれる相手なんて「この人採用して大丈夫かな?」と真剣に吟味する人くらいだと思ったんじゃないかと。
 

〈「問われるべきは、こういう怪しい心理学と臨床心理学がどう違うか、です。それこそが臨床心理学教育です!」〉

 
 そうして、自分がくらったダメージを丸々相手に与えた。こうまで繊細な文章を書く人が、とんでもない暴挙に出た訳である。相手によっては当たり屋扱いされてもおかしくなかった。このことを著者は〈臨床心理学が立っている地面を揺ら〉すと表現し、私自身「波を起こす」に限りなく近いニュアンスを感じた。
 
 ここで唐突に学問という言葉が出てくる。
 

〈学問というのは本質的に常識を疑い、自分自身を疑うものだ〉

 
〈自分自身の常識を疑い、自由な議論ができること、それが学問の条件〉であり、自分がやってきたことは一体何だったんだ、と半生丸々否定された著者だからこそ、そこから生まれる言葉に説得力がある。
 
 それは決して人一人の問題ではない。分母である心理学者を一人残らず否定することになったかもしれない案件だった。
 地面を揺らすということは、人の人生に作用してしまうリスクをはらむ。相応の覚悟がなければできないし、やってはいけない。話を戻す。

 
 じゃあ治療とは何か。
 薬の成分か。それもある。けれど、それだけではない。
 リハビリか。それもある。けれど、簡単にできるものではない。
 生活習慣か。それもある。けれど、それができたら苦労はしない。
 人は、弱い。ズルくて可能な限りラクして生きたい。傷つかずに済むのなら極力傷つきたくない。何でもいいから褒めて欲しい。認められたい。それで人の役に立って、あなたがいないと困ると、ウソでもいいから言われたい。そうしたら、あるいは不治の病も治せるかもしれないから。
 
「この薬飲むと良くなるから、あなたは大切な人だから元気でいてほしい」
「怖いよね。嫌だよね。不安だよね。でもここで頑張れたらどんどん良くなっていくから。良くなったら一緒に出かけよう。どこに行こうか」
「別に100%じゃなくてもいいんだよ。でもできたら教えて。すごいねって言うから」
 
 極論これが『野の医者』の治療で、薬はラムネでもいい。
 例えば何の資格も持たない私が、正面から患者さんと向き合う。この時点で彼彼女の置かれている現状は何も変わっていない。けれど結果的に踏み出した一歩の影響が大きければ、それは治癒に大きく貢献する。そんな論理。
 するとにわかに「野の医者=ペテン師」説が浮上するが、これを否定することは著者も難しいと言う。最初に話した通り、結局人柄で相性だからだ。さて。
 
 著者はそうして地面を揺らした結果、ちゃんと元いた場所に戻ってくる。
 野の医者の治療がその場を乗り切るための「夢を見させるもの」である一方、きちんと基盤を築いてきたハカセが行う治療は、苦しい現実に立ち向かえるだけの精神状態に戻す。 
 患者自身が自らの足で一歩を踏み出せるよう、傷つく覚悟を負える力をくれる。ニュアンスとしてケアとセラピーに近い。どっちも大切で、大事なのはバランス。
 
 すごいのはハカセである著者自身が、まるで野の医者を侮っていないこと。素直に治療のもたらす効果を認め、自身を見つめ直すきっかけにしていること。異物を取り込む。それは固定観念にとらわれ、己の地面を揺らす覚悟がなければできないこと。
 根本やわらかいのだ。やさしさとは柔軟性。やさしい人は相手の立場に立って物事を考える。相手の立場になって考え、そこから今の自分を見つめ、再び己の視点で、今度は少しだけ別のものを見つめる。己も相手も軽んじない。上手に足し引きをする。
 


『野の医者は笑う』
 思いっきり野の医者側である、何者でもないペテン師が笑う。いい本だったと。
 学術書にしてはエッセイ臭が強くて、ハカセにしては何だか危なっかしくて、結婚してる身にしては自由すぎて、(巻末「謝辞」にて〈それから家族、特に妻へ。ほんとにどうも、いろいろとご迷惑おかけいたしました〉と記しているが、「いろいろ」が想像を絶することは想像に難くない)そんな人が書くものだからこそ思う。そんな人となりを好ましく思ったからこそ思う。
 

 治療とは何か。
 知りたければあなたも行ってみるといい。著者なりの治療と治癒、それに資本主義(マーケティング)による傷つきにも言及している。たった1000円で受けられる施術で、時間はそうだな、2週間もあれば充分だと思う。
 学術書なんて堅苦しいものじゃない。研究助成プログラムの授賞式のパーティー会場の片隅でエビチリと会話するような話で、あ、そうそう、作中この作品を描き始めた時のことが記されてるから、文体紹介ついでに引っ張っとくよ。
 

〈それまでは硬い学術論文を書いていたのだから、こういう気楽な文章を書くのは楽しかった。私は解き放たれた野鳥となった。自己イメージでは火山から復活したフェニックスだったが、はたから見れば興奮剤を飲んだブンチョウだったことだろう。
 羽ばたくようにキーボードを打ち、歌うように文章を書き散らした。湯水のように愚にもつかない文章が溢れてくるので、「やっぱり俺は天才だったんだ」と何度ほくそ笑んだことか〉

 
 人となりからついハカセであることを忘れる。分かりみの深さに親しみが優ってしまう。「涙と笑いの学術エンタテインメント」。最後は笑わせた者勝ちだと思うんだけど、いかがだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独り言多めの読書感想文【中】『野の医者は笑う』

 

 

 今回は長くなりそうだ。ブレイクタイムとして、ここいらで少しだけ著者の魅力に触れておく。
 以前も書いたが、この人の書くものを読むと心が弱くなる感じがある。だから傷つかずに済む環境がなければ読めない。この心理を「やさしさ」を介して説明する。
 
 やさしさというのは、心を少しだけ開けた状態を指す。扉の隙間からチラ見している状態で、相手からしたら丁寧で印象がよく、性質として愛想と親和性が高い。ただ一方で、当然意にそぐわない人が入ってくることもある。多くは仕事。基本資本主義とやさしさは相性がよくない。

 通常人と関わる時、人は事実ベースで話をする。インターホン越しにやりとりをする感じだ。それが最も安全なコミュニケーションで、ここに心の開示が入ると扉に隙間をつくってしまう。

 ただ一方で心はその人本体であり、ギブアンドテイクで成り立つ社会、結果的に受け取る側の心を開きやすくもある。これは同著者作『聞く技術、聞いてもらう技術』に書かれているが、そもそも「寂しい」というのは人間関係に不自由のない人が口にすることだという。
 
 人が一人でいる時の状態は「孤独」と「孤立」に分類され、自ら進んで選ぶものを「孤独」、DV、いじめ、ハラスメントなど、一人でいても誰かの声に脅かされている時を「孤立」とした時、「孤立」時人は己を守るため、関わりを自ら断つ。
「寂しい」と言えるのは、そうした「人に傷つけられることを想定せず、防御ゼロの、ただ己を投げ出した状態」であり、同じ一人でも根から異なる。誰の目からしても「やさしい」とされる人は、全方面のバリアを解いている(ように見える)状態であり、ある意味とても危なっかしく映る。社会に適合するために、やさしさはある程度コントロールが必要だが、根本性質が寄っている人はムラができやすい。話を戻す。

 
 そんなやさしさのコントロールの難易度を上げるのがこの著者の作品だ。心はその人本体であり、ギブアンドテイクで成り立つ社会、結果的に受け取る側の心を開きやすくもある。
 こじ開けられてしまうのだ。『夜空ノムコウ』ばりに、心の中のやわらかい場所がギュッと締め付けられる。社会で生きる上では基本不都合。ただ一方で、じゃあ何故分かっていてそっちへ向かうのかというと、そこに浄化作用があるからだ。
 私自身、書いた文章をGeminiに食わせると毎度似たような表現が当てられる。うち2つが「内省的」と「カタルシス」。内省的はいいとしてカタルシスは少し解釈が難しいので、共有のために画像を例にあげる。
 


 
 これを見た時起こる感情かとGemini聞いたらそうだという。続けて『その手を握りたい』の読了感もそうかと聞くとそうだという。その通りだと。
カタルシスは単純なハッピーエンドを指さない。深い共感によって起こる代替現象(私の場合、ちいかわが泣いているの見て、代わりに感情を発散してくれたと安心する心理)、辛さを乗り越えた先に見えた一筋の光を指す。

 Geminiは「あなたの書くものは、自身の心理を掘り下げることで深い共感をもたらし、読み手が普段抑圧してる感情を洗い流す作用があるかもしれないネ!」と言っていて、これは以前書いた「あなたの感性を水のように欲する人がいる」と符合する。
 
 そうしてこの著者の書くものもまたカタルシスに当たると言う。書いていることの格が違うが、厚顔晒すとしたら、著者と私はどこか似た性質をもつようだ。
 弱さと向き合うこと自体傷つきに行くことに等しく、けれどそこでしか得られない深さがあり、そこで得られるものこそが本当の強さなのだと鼻息荒く力説してきた。
 

 弱くなることが分かるからためらった。結果弱くなるリスク承知で、その向こうにある浄化を求めるに至った。これで終わりにしようとしたこの作品の他、先にもあげた『聞く技術、聞いてもらう技術』、『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』がしれっと本棚にスタンバっているのはそういうこと。この辺私は我慢がきかないというか、とんと弱い。
 ただそれほどまでに影響力のある作品であることを、ひとまず『居るのはつらいよ』と、この『野の医者は笑う』をもって保障したい。
 

 

 

 

 

 

独り言多めの読書感想文【上】『野の医者は笑う』

 

 



【読書感想文(どくしょかんそうぶん)】読み手が自由に解釈し、対象の著書を媒介に気ままに飛び回った形跡を記したもの。ヘンゼルかグレーテルが落として行ったパンのかけら。
 
【野の医者(ののいしゃ)】朝廷から追われて、原野を彷徨いながら、人々に癒しを提供する野生の治療者。村から村へと旅をして、奇跡を起こして回る怪しい治療者(原文より)
 
 


 

 治療とは何か。
 例えば骨が折れたから元通り動けるようにする。目に出来物ができたから目薬をさす。どうにもやる気が起きないから漢方を使ってみる。正常な機能に戻すことで健康を取り戻す。ホメオスタシス。再び滞りなく巡れるようにする。
 ここで仮に本人が正常な機能に戻すことを良しとしなかったら。それでも巡れるようにするのか。本人の意思など関係なく、社会を構成する歯車の一部として機能させるために。この場合、施す処置を治療というのか。
 
 じゃあ目に見えない心とやらを患った時の治療とは何か。ただ話を聞くことなのか。それとも根拠などなくとも信じられるものを提示して、そっちに意識を向けさせることなのか。
 著者は〈治療とはある文化の価値観を取り入れて、その人が生き方を再構成すること〉とし、〈もし「宗教」という言葉にアレルギーがあれば、「文化」という言葉がいいと思う〉としている。

 文化。それは「その人にとっての当たり前」踏みしめてきた土そのもの。執筆された地沖縄では、同じく占い、アロマ、タロット、ヒーリングといった類も治療と近しいところで根付いている。そこではままならない現実をどうこうするより考え方を変える。著者曰く「考え方を変えれば、世界が変わる」という発想はキリスト教由来だそうだが、とにかく信じられる何か「ミラクル」を口ずさむ。
 

 治療とは何か。
 根本的な解決にならずとも今を楽しく生きられる。今この瞬間をきちんと乗り越えられる。その事実は、確実に時間を先に進める。寿命までの期間、明日には事故で命を落とすかもしれない人が、今この瞬間憂さから解き放たれ、晴れやかな気分でいられたとしたら。そんな毎日が積み重ねられたとしたら。
 ハタから見てどんな境遇だろうと、その人自身は不幸の渦中にいない。どんなに胡散臭い治療だろうと治療と称するに値する。
 
【治療の成果は信頼に依る】と著者は一つ結論づける。治療内容の合う合わない以上に、「この人は信用に値するか」こそが重要なのだと。
 すんなり納得するのは、私自身「コミュニケーションは始まる前に終わってる」派だから。
 好きな人(この場合信用に値する人)が何か言ったとして、思ったような効果が得られずとも「まあそんなこともあるよね」となる。一方で、何か少しでもいいことがあると「さすが! あの人の言う通り」となる。
 
 根本人は一人では生きていけず、誰かを必要としてしまう。その弱さが狙われる。だからこそ本当に信用できる(と思い込める)相手に恵まれた時、己の一部を委ねることで心にゆとりができる。その余白に困った誰かが助けられると、その人を中心とした人間関係全体が色を変える。周りの目が変われば立ち振る舞いも変わる。そうしてその人の属する社会が変わった時、あるいは病のことなど忘れてしまうのかもしれない。
 
 思い出すことがある。『幽遊白書』に出てくる食脱医師(くだくすし)の女性。
 元々医師家系に生まれた訳ではないが、己を媒体に(死病に侵された肉を喰らうことで抗体を作り、他人の病を治す)人を生かす仕事を選んだ一見すごい人だが、この場において取り上げたいのは「その治療が対象者にとって毒になるか薬になるか分からない」こと。
 要はこれで治りますよ、としたとて、その人の治療を受けるかどうかという患者側の視点の話。個人の主観として単純に怖いし嫌だ。

 ワクチン一つとっても賛成反対があるように、それは信じられて初めて治療効果の期待できるもの。治療効果というのは患者自ら主体性を持ち、実際にどんな副作用が出ようと「やってよかった」と思えることによる心の影響が大きいと言えないか。
 例え多少腕が痛む程度でも「やらされた」人にとってそれは一大事。不本意をネット上で過剰に騒ぎ立てることだってあるかもしれない。
 

 治療とは、だから治療者の人格と相性が大きなウエイトを占める。
 何においても「誰と」が重要視されるように、信用があるから多少の不都合をものともしない。信用があるからきっと何か事情があるに違いないと配慮する。信用があるから「ありがとう」と口にしてまた来る。
 根本分かっているのだ。信用できる人、好きな人といると安心する。安心すると心が穏やかに保てる。そのこと自体、その人を取り巻く人間関係にも影響する。
 プラスの循環に気づくことで、元を辿った結果、信用できるその人に行き着く。同じ薬でも「ここで」処方してもらった薬がよく効いた、となる。
 
 余談だが、中毒という言葉がある。「中」はあたる。中村中という歌手がいるが、なかむらあたる、そのあたるだ。
 毒は通常、循環の過程で解毒され。排出される。仮に毒が巡り続けるとしたら、それは(ほぼ無意識の内に)定期的に摂取し続けているからに他ならない。毒と薬、酒が例としてちょうどいい。

 本当の解毒は忘却だという。
 これは消せない想いを処分する時に用いるもので、会わずとも思い出す機会が多ければそれはまだ毒の巡る中毒患者。このこと自体、見方を変えれば薬物依存症と変わらない。
 完全に関係を断ち、蓋をし、もういいだろうと開けることなく、蓋をしたその想いごと忘れ去ることができた時、初めて解毒が完了したと言える。
 
 その人にとっての合う合わない。相性。普く相性がいいと感じるのはその人となり。
 好ましく感じた時点で「その人の」治療に対する聞く耳が起きる。この聞く耳あるなしで効果にも雲泥の差ができる。「プラシーボ」という言葉の語源は「人を喜ばせる」だそうだ。
 

〈最もらしいミラクル・ストーリーやパフォーマンスを通じて、クライエントを喜ばせて、治療を行っているのではないか〉

 
 野の医者の治療に、著者は〈すべての治療の本質は科学的真実ではなくレトリックにある〉というアメリカの精神科医ジェローム・フランクの話を引き合いに出す。レトリックとは人を説得する技術のことで〈言葉やパフォーマンスを自由自在に用いることで、人に信頼してもらい、現実をそれまでとは違ったように見せる技術〉のことだ。
 結果「ケサリードは病気を治したから大呪術師になったのではなく、大呪術師になったから病気を治したのだ」という一つの結論に結びつく。結果ありきではない。その人を通じたからその結果が得られたと言うのだ。
 

 じゃあ治療とは一体なんなのだ。
 この臨床心理士は、高い学費を払って博士の称号まで取った一方、徹底的にクライエントと向き合う一対一のカウンセリングの仕事をするために、王道の大学講師の道を逸れ、沖縄に居住を移し、ただ居ることのつらさと向き合った結果、「治療は誰が行うかで結果決まる」という結論に至ったワケだ。何だそれ。
 その絶望たるや。個人の半生丸々否定された心持ちだったに違いない。