独り言多めの読書感想文

⭐️オススメの本について好きにおしゃべり⭐️

ニコイチ【前編】

読書感想文 作品の一部を借りた自分語り

 

極力ウソはつきたくない。例えば「──ちゃん俺のこと好きやろ」と言われる程度なら、正面切って「はい」と答えるくらいには。直接ウソはつかずとも「言わないだけ」という手法ならよく使うが。

 

 

 

 学生の頃4年間だけ奈良にいたことがある。
 不思議イントネーションの関西弁はその時身についたもので、本場関西では「違う」と言われ、地元に戻ってきたとて「(こっちの普通とも)違う」と言われ、今尚現役コウモリやっている。いや、もう何も考えてないから。何も考えずに話してるのがコレだから、自らマイナーロードを選んできた私にはおあつらえ向きなのだろう。
 きっかけは兵庫県出身の友人との出会いだった。

 

 

〈関西弁、キツくないん?〉

 

 

 初対面、遠州弁だろうと関東のイントネーションがベースの私に、その子は言った。テレビで「キツい」と関東の人が言っていたのを耳にしたことあるという。
 おそらくそう感じるのは、話し方やスピード、単語に対してで「体臭を気にするかの如く、他人の不快を真っ先に気にかけるような性質の人」の言葉がキツくなりようがない。きっとそれは中国語ベースだろうと韓国語だろうと同じだった。

 名を廣畑沙織という。通称おりすん。享年24歳。この4年間、誰よりもそばにいた友人だ。
 丘の上にある校舎は北門が表にあたり、南下して帰る私たちはいつだって裏門を使っていた。下った先にあるT字路。

 

〈またね〉

 

 最後の下校時、別れ際、私たちはウソをついた。
 彼女にとっての私は知れない。けれど私が彼女に対して明確にウソをついたのは、この時が初めてだった。
 もう会うことはないだろうと思った。私たちはただ一時その場に居合わせたに過ぎない。片道6時間かけてまで自ら「会おう」と向こうも言わないだろうし、私も言わないだろうと思った。内向型2人が偶然食堂の隅に居合わせた。ただそれだけのこと。

 

 思えば境遇が似ていた。
 好きになった人が彼女持ちなこと。好かれて付き合った彼氏をきちんと好きになれないこと。距離感の取り方が下手くそで、人間関係に気疲れしやすいこと。そうしてそのために互いを拠り所としたこと。
 机上の空論。本当はこうあるべきという理想となれない現実。ともに偽善者だと笑った。キレイ事ばかりで、延々同じところで管を巻いているつまらない生き物だと。
 つまらない生き物であると認め合うことができる。それがどれほど希少で価値ある存在か、この時の私は知らなかった。そのくらい当たり前にそばにいた。11時50分にはたった2文字と記号のついたメールが来て、私も2文字だけのメールを返した。「(タバコ)吸ってもいい?」に対して、ちょっと嫌だけど「ええよ」と返すのと同じ、息をするようなやりとりが日々の一部だった。

 

 そう考えたら、システム的な利害関係といった方が、関係の名称としては近しいのかもしれない。孤独のストレスを避けるため。孤独になるかもしれないストレスを避けるため。約束。4年間の契約。実際は5人グループだったが、とるコマの関係で結局同じ学科の彼女といることがほとんどだった。

 

 彼女が好きだった。
 白い頬。良すぎる血色を嫌がって、コンシーラーで潰した上に好みの色を重ねた唇。指先に挟んだタバコ。その手の上に顎をついて「しょうもな」と笑う顔。のぞく八重歯。
 一人が怖いくせに、後ろ姿が誰よりキレイで、いつだって先の尖ったパンプスで30分もかかる距離を歩いて通っていた。
 私と並んで歩いているのを見かけた野郎の部員が「合コンやろっ」と言わずにはいられない程、雰囲気のある子だった。自慢のツレだった。

 

 外見はいざ知らず、境遇の似ていた私たちは、けれども選択だけはことごとく違った。
「2番目の女」になるつもりのなかった私は、好きになった人を諦め、好きになってくれた人と付き合うことを選んだ。「2番目の女」でもよかった彼女は、その人と関係を持ち、好きになってくれた人と付き合い始めてからも関係を続けた。
 退屈を恐れた私は部活に入り、バイトを始め、サークル2つを掛け持った。人間関係の拗れを恐れた彼女は、最低限の居場所だけを確保し、けれども早く帰宅することによる耐え難い個の時間を、人気のあるラウンジで潰すようになった。
 似てる、と彼女も思ったという。けれどだからこそ、彼女は私が自分の及ばない世界を切り開いていくことに不安感を募らせたという。

 

〈──ちゃんはいいなあ。居場所がたくさんあって〉

 

 いつだったかラウンジのソファから見上げながら彼女が言った。今思えば本当は何かあったのかもしれない。逆に聞いて欲しい何かがなかったとしても、その時ただそばにいて欲しかったのかもしれない。
 好きになった人との関係に悩む時、そうして辛そうにする時、いつだって私は問題を解決するために訳を尋ねた。けれどそんな私の言い分に、いつだったか彼女は寂しそうに笑った。

 

〈──ちゃんの言うことはいつも正しい〉

 

 私の「正しさ」が彼女を追い込んだと言う程、彼女にとっての私が大きい存在だったかというと疑問は残るが、私の持つ「正しさ」が彼女を圧迫していたのは事実だ。似た境遇だったからこそ、結果に明暗が分かれるからこそ、分かってて選べなかった正しさが自分を否定する。ただ分かってて選べなかったのは、何も本人のせいだけではなくて。

 

 その時生じた思いは、その人にしか分からない。少なくとも赤の他人が一辺倒に倫理的な善悪で叩くものではない。育った境遇、人との関わり方、距離感は人それぞれ。彼女は過去不登校だったと言った。人とうまく関われなくとも、言葉でつながれずとも、身体をつなぐことはできる。ただそばにいることで一時寂しさから逃れることはできる。決して器用とは言えない彼女の、それは一つの個性だった。もちろん彼女が白だというつもりはない。けれど誰かが彼女を責め立てようというなら「責める相手が違う」と言って誘導するつもりくらいはあった。