独り言多めの読書感想文

⭐️オススメの本について好きにおしゃべり⭐️

ニコイチ【後編】

思うに自信がなかった。だから大層好かれても「自分なんかを」好きになる意味が分からなかった。fさんが著書『いつかは別れる。でもそれは今日ではない』で、当時好きだった小学校の先生に言われたという言葉が象徴な気がしているので転写する。

 

 

〈「あなたが私の好きな本を読んで、私の好きな言葉を覚えて、私が好きそうなことを話しても、あなたのことは好きなままだけど、大好きにはならないと思う」と、先生は笑った。
「だから、あなたは私の知らない本を読んでね」と〉

 

 

 先生だからやさしい言い方をする。恐れず言うなら、私ならそんな相手のことは歯牙にもかけなくなる。言われてみれば確かに当時付き合っていた人も好きだったけど大好きにはならなかった。
 私たちが求めたのは「自信のない自分を受け入れてくれる人」ではなく、「努力なくしては振り向いてくれない人」だった。

 

 机上の空論。なれない現実があろうと、理想の自分があった。
 私たちは自己肯定に必死なつまらない生き物だった。つまらない生き物であると認め合うことができた。彼女は治らない浮気癖を持つ自分を、私は周りにいい顔ばかりする自分を、受け入れ合うことで息ができていた。決して大袈裟にではなく、本当にそうだった。知らぬ地で出会えたことは奇跡だった。周りからどんな影響を受けようと、傍に彼女がいたために、私は私でいられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まいまいつぶろ』も終盤、家重が50歳になる前の年の秋、忠光が家重のすぐそばで昏倒する。忠光がいたからこそ将軍を続けてこられた、そのことを家重は〈だが、誰が将軍であり続けたいなどと願うだろうか〉とし、〈「この四月、朔日に将軍職を辞す。家治をここへ入らせて、私は西之丸へ移る」〉とした。

 

〈「そなたがいてくれたゆえ、私は人が思うほど難儀をしておったわけではない」〉

 

 別れの時が来る。〈「そなたが倒れたと聞いても、私は会いに行ってやれぬぞ」〉と言う家重に〈「少し先に参り、上様のおいでをお待ちしております」〉と答える忠光。

 

 江戸城の正面、開く大手門。
 忠光程度の身分の者は、まさかそんなところから出入りすることはない。
 長い廊下を先に立って歩く家重。いつも通り、今まで通り片足を引き摺りながら歩く。その両脇、〈皆が面を伏せて小さくうずくまっている〉

 

 浮かぶのは比宮。「この先もう二度と、殿が誰からも侮られぬように」という願い。
忠音「他でもない、玉はどこへでも進める」と信じた思い。
吉宗「友として上様にお支えせよ」と言い残したこと。

〈中ノ門も三ノ門もすでに開かれていた。全て用意が調い、何一つ手間取ることもなく、警固の者たちが控えている〉

 江戸城には九十二の門があり、内大門は六。無論、最も堅固に守られているのは大手門。

 

 

 

〈「さらばだ、忠光」〉

 

 

 

 家重はウソをつかなかった。現代人が携帯電話の便利さと引き換えたものの重みを感じる。そうして代わりに言葉を続けた。

 

〈「もう一度生まれ変わっても、私はこの身体でよい。忠光に会えるのならば」〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システム的な利害関係といった方が、関係の名称としては近しいのかもしれない。孤独のストレスを避けるため、孤独になるかも知れないストレスを避けるため。約束。4年間の契約。私にとっての彼女と彼女にとっての私。

 彼女が好きだった。死して何年経とうと色褪せないほど、いや、どちらにせよ実際会うことはないから、今尚その姿は変わらぬままで。
 明日の講義も、バイトも、部活も、彼氏も、浮気相手も、
 最終何一つ話すことがなくなって、ただ居合わせただけのラウンジ。それでも。

 

 私はそれでよかった。共に在ることに明確なメリットなどなくとも、全てが満ち足りていた。寒空の低い角度から照らす夕日。終わりが近づくモラトリアム。最後にそこにいたのが彼女でよかった。
 彼女が好きだった。大好きだった。

 

「またね」と言った。あの時ついたウソ。
 彼女は微笑んで受け止めた。彼女には分かった。
「相手の心証に依るクセを排した先にある本音」が。私が伝えたかったのは「もう会うことはないと思うけど、また会いたいと思うくらい別れを惜しんでいる」という思いであり、それを寸分違わず受け取ることのできる彼女だったからいつだって安心していられた。

 

 私たちは最後の最後まで裏門から出入りをした。
 華やかな道を大腕を振って歩くのではなく、ただ誰にも迷惑をかけないような片隅でおしゃべりをしていた。当たり前にそばにいた。いなくなってもいなくならない。それは実体の有無を問わない。一人ではないと知ることができた。ただそれだけで私自身、生きていてよかったと思える。

 

 

 おりすん。
 待ってて。まだ時間はかかるけど、いずれそっちに向かうから。
 最初顔とか変わってて「誰?」ってなるだろうけど、あなたを肯定しようとして必死で真似た不思議イントネーションの関西弁で話しかけるから。それならきっと分かると思うから。それまで。

 

 

 

 またね。