肩に立てられた爪。その二の腕にキスをすると、つかんでいた手首を解放して「よっ」と反転、自分の上に乗せる。頬にその髪がかすめた。
「隠すな」
全部
「見せろ」
もうゆでだこ状態の弟子は、俺の胸に顔を押しつけると、首を振った。
あー。もうクソッ。
かわいいな。コイツ。
「おいで」
ほとんどはだけていた浴衣の前を開けると抱き込む。布団をかぶせる。
暗がりから見上げるようにして伺っている様子は、まるで野生の小動物。眉を下げる。
「だから嫌がることはしねぇって」
俺だ、と言った時やわらいだ目の奥。弟子はおずおずと出てくると、俺の首元に鼻先をうずめた。ゆっくり深呼吸。その身体の力が抜ける。やすらぐ。
疼痛。胸が、痛い。
かわいい。弟子のクセに。
身体ごと反転して隣に下ろす。そのまま抱きしめると、甘えるように身体を擦り付けてきた。
「なぁ、頼むよ」
ギリギリと尖りきるのは、切ないまでの想い。
「入れさせて。お前で、キモチよくなりたい」
一瞬の間。俺の背中を抱き寄せていた手。その手が
もっと強い力で俺を引き寄せた。
息が、できない。想いが詰まる。今すぐ吐き出したくてたまらない。窒息する。
「弟子」
ダメだ。分かってるな、俺。それ以上は
目が合う。その目が揺れた。
「好きだ」
二
目が覚めた。まだ焦点が合わない。遮光カーテンの上部からのぞく光。
ボーッとした頭の芯が急速に現実に順応していく。ただただぬくい。この世の平和を目一杯詰め込んだような布団。
普段ならもうしばらくこの幸せを噛みしめるところが、どうやら普段のようにはいかないと気づいたのは、焦点が合った直後のことだった。
待て。オイ待て。ものすごくイヤな予感がする。いや、イヤな予感しかしない。
おそるおそるズボンの上から触ってみる。ぐちゃ、という音がした。一斉に血の気が引く。
オイオイオイオイウソだろちょっと待ってくれよ。
現実を受け止められず、一旦心を落ち着けた所で、再びズボンに手をやる。
片手で裾を上げて、パンツもよけて
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全力で上げた悲鳴に、階段を駆け上がってくる音がした。
「坊っちゃん、どうかされましたか? 坊っちゃん!」
「違う! 何でもない! 何でもないから!」
駆け上がってきた勢いのまま突っ込んで来そうな和田さんをどうにかドアの向こうに押しとどめると「イニシャルGが出て驚いたが、既に退治したから問題ない、着替えの途中だから入ってこないで欲しい」とそのまま持ち場に帰すことに成功する。だが問題はここからだった。
ウソだろ。俺弟子(アイツ)でヌいたってこと?
ぐっちゃぐちゃでべっちょべちょのパンツの中で糸を引いているのは、粘度の高い尿が存在しない以上、間違いなくアレだった。
半身を起こした背中が寒い。両手で頭をつかむ。
いや、ナイナイナイナイ。冷静になれ。何でよりによってあのまな板。おかしいだろ。完全に何か間違ってんだろ。
思ってる間も淡々と気持ち悪い。外気にさらされてひんやりとした下半身は早くどうにかしてくれと主張している。
引きずるようにしてベッドを下りると、重みの増したパンツもついて来た。
とにかく今は和田さんの行動範囲を避けて洗濯機にたどり着かなければいけない。
その時ふと不安になって念のため布団をめくって確認するが、現場周辺は何だかそこだけ湿ってる気がする程度で済んだ。これはもう自然乾燥でいい。週末まとめて洗ってもらおう。
その後、もはやダンジョン攻略のためのミッションと化した『誰にも見つからず水場まで辿り着け!』を何とかクリアすると、たった今回し始めた洗濯機に両手をついて、改めて状況を整理する。
要はアレだろ? たまりに溜まったアレが、もう誰でもいいから出させろ的な脳みそまで浸食しちゃった結果がコレな訳で。ってかもうあんなまな板でイケるなら、もう俺完全復活と言っていいデショ。そうデショ。だから別に相手が弟子(アイツ)じゃなきゃダメな訳じゃないっていうか。じゃないと
「・・・・・・ダメだ。俺が犯罪者になっちまう」
ありえねぇ。絶対ありえねぇ。
大体何だよかわいいって。ガチでくどいてんじゃねぇよ。それにヤってる時まで師匠弟子っておかしいだろ。一体何のプレイだよ。上級過ぎんだろ。
ため息一つ、階段を上る。
そもそもそんなヒマねぇんだよ。ただでさえ遅れてんだ。
今度こそまっすぐ立ってやる。全部取り返してやる。だから
部室に戻るとイヤホンを耳につける。楽しそうにしゃべる外国人。ワケの分からないことでも聞き耳を立てている内にストンと落ちることがある。
教科書をバッグに詰めていく。最後に練習着を詰めると、真新しい携帯を開く。
四月十四日。約束の「勝負の日」は明日。
この一ヶ月、水島は面白い程よく伸びた。スタメンと遜色ないテンポ。元々アイツは動き出しが速い。大まかな形さえ覚えれば、誰よりも先が読める。その時ふと球技大会で視界に入った弟子を思い出した。分かりやすく水島しか見ていなかった横顔。
〈楽しみにしてます〉
そう言ってうれしそうにした。きっとまた雅ちゃんと一緒に見に来るんだろう。だったら「・・・・・・とりあえずつぶしとくか」
首を回す。
久しぶりに腕が鳴った。